武士文学と武侠文学の発展についての比較

 2022-01-19 11:01

目 次

一 はじめに……………………………………………………………… 1

二 先行研究 ……………………………………………………………… 2

三 武士文学と武侠文学の発展 ………………………………………… 3

四 武士、武侠精神についての比較 …………………………………… 9

五 社会への影響 ………………………………………………………… 11

六 終わりに  ………………………………………………………… 14

致谢  …………………………………………………………………… 18

武士文学と武侠文学の発展についての比較

王瑾  20141322002

要旨:中国において古代から現在まで、武侠小説はずっと人気がある。日本において、主権者の武士を主人公とした武士小説は重要な存在である。時間の流れと時代の変遷とともに、両者は史書の記載から多様な文学ジャンルまで変化してきた。中国の複雑で長い歴史において、武士文学の内容は徐々に豊富になった。それに比較して、武侠文学の内容は単調だと思う。しかし、武士文学と武侠文学において表現された精神は中国にしても日本にしても影響を及んでいた。「武」に関する精神は異なる文化の中で育てられて、似ている所もあり、違うところもある。本論文は平行研究によって、両者を比較して、文学の発展の過程を分析するのみならず、両国の「侠」文化も了解できる。

キーワード:武侠文学;武士文学;武士道精神;侠義;影響

一 はじめに

春秋戦国時代に侠客が登場して、歴史の発展とともに、侠客を主人公とする文学が流行してきた。時代によって、文学の表現手法が異なった。しかし、侠客の精神は受け継がられた。現代、武侠小説をもとにして、様々な映画やドラマに脚色した。国内だけでなく、海外も人気もある。曽て、「武侠ブーム」を呼んでいた。

武士は日本の特別な階層として、彼らの物語が家ごとに知れ渡っていることである。社会の発展とともに、武士は隆盛から次第に衰退し、ついに消滅した。それとはいえ、武士道精神は日本社会にとって、重要な地位に置かれている。

歴史の流れに、武士にしても武侠にしても、異なる「武」に関する思想を形成して、社会に影響を垂らしていた。発展した背景や民族の違いによっては、武士文学と武侠文学一体どんな繋がりがあるか、どんな違う所があるか、本稿はこれについて一応研究してみたい。

二 先行研究

武侠小説に関する研究は中国国内においてたくさんある。詳細だと思う。羅立群の『中国武侠小説史』では侠の起源、侠と盗の関係、武侠小説の成り行き、新旧の武侠小説の異同、武侠小説と民族の心理の繋がりという五つの部分から中国武侠小説について研究を行った。張護生の『中国武侠小説的形成と流変』に武侠小説の起源から成熟まで、武侠小説の変化、現代武侠小説の分類、武侠小説の発展について詳しく書いた。陳平原の『千古文人侠客夢』に武侠小説の内容によって、武侠小説を豪侠小説、清代侠義小説、20世紀武侠小説に分けて論じていた。武侠小説は中国人の性格と社会への影響、および社会が武侠小説への反作用を論述した。曹正文の『中国侠文化史』は武侠小説の研究の中で完璧な研究だと言える。武侠小説の発展を論じるのみならず、古今な武侠小説の人物も分析して、武侠小説の様々な研究を総括した。また、劉若愚の『中国之侠』のように遊侠の理想、遊侠の思想と儒、道、墨、法家思想の関係から論じていた研究もある。

日本においては武侠小説に関する研究は大体金庸の歴史武侠小説に関する分析である。裴峰学 の『中国武侠小説の「江湖」をめぐる再解釈 』は新しい視点の江湖から武侠小説を研究した。

中国においてもでも日本においでも、日本の武士小説に関する研究は主に平安時代の軍記物語を研究対象として、具代的な軍記物語の人物を通じて武士と武士道を分析した。張静宇は『日本古典文学から見た日本人の武士観の流れ』において、『平家物語』『南総里見八犬伝』『太平記』の武士人物を通じて、日本の古典文学における武士観およびその武士観の流れを論じている。金文京は『軍記物語と中国文学』において、代表的な軍記物語を分析して軍記物語の発展を述べた。関立丹は『日本の武士文学』において、各時代の武士文学の作品を順番に書き立てた。そして中国の武侠文学の比較を通じて、中日の武士と武侠の人物の違うことを書いた。章林は『日本軍記物語的武士道徳』で代表的な軍記物語を通じて、作品の中から武士の性質を述べた。またその性質と近代武士道精神について比較を行った。

以上の先行研究は文学作品から武士の人間像や武士道精神に触れたが、武士文学と武侠文学との比較研究はほとんど見られない。したがって、本稿は様々な研究と資料を参考にして、武士文学と武侠文学について比較研究を行ってみよう。

三 武士文学と武侠文学の発展

1 武士文学の発展について

五世紀になって中国から漢字が伝来し、記載文学が始まっている。この時代には武士という階級はまだないが、尚武の気風は現れてきている。最古、尚武の気風に遡る文学作品では『日本書紀』であると思われる。その中で伊奘諾尊が火の神を切り殺し、景行天皇の命令により、日本武尊と称される倭健命が東征して敵を征伐し、須佐之男命が巨大な怪物八岐大蛇を斬り殺すという神話がある。『日本書紀』における人物は困難を顧みず、大胆不敵な性格を表している。

794年桓武天皇が平安京に都を作り、日本が平安時代に入った。その時代、律令制の地方政治の動揺と混乱の中で、豪族、有力農民らは自ら武装して自存自衛し、お互いに競い合って勢力を拡大するようになった。やがて、その中から、武士と呼ばれる新しい集団が出現した。その時代には貴族文学が主流とするが、『大鏡』『今鏡』『栄花物語』のような文学と歴史を結ぶ歴史物語が出現した。このような歴史の流れにしたがって、文学を作る歴史物語は武士が戦うことを題材とした軍記物語の文学形式のために新しい道を切り開いた。両者を比べると、歴史物語に対して、軍記物語の内容は虚構の部分が多いと考えられる。

平安末期、現存最大の説話集『今昔物語』の「本朝世俗部」には武士の生活が生々しく描かれている。または、『将門記』『陸奥話記』は軍記物語の始まりとして重要な地位にづけたと考えられている。なぜかというと、大曾根章介は『歴史 軍記 歴史物語』において「『将門記』は承平、天慶の乱に関するもっとも詳細な、まとまった作品であり、かつ、創作性をなにがしかふくんだ作品ではあっても、乱の経緯、できごと、事柄叙述に関して、何らかの記録、史料あるいは在地の情勢に関する知見が、その基盤に存すると考えられるところから、作品の資料的意義そのものがまず注目されている」という評価があったからだと思われた。『将門記』『陸奥話記』は史実を中心として、創造性に欠けるが、興起してきた軍記物語に新しい生命力を注入した。

1192年源頼朝が征夷大将軍となり、鎌倉幕府を開いた.武士は政治の舞台に登場した。平安末期から鎌倉の始めにおいて、戦乱が多く、その中で保元の乱、平治の乱、治承、寿永の乱を題材として『保元物語』『平治物語』に作られた。前時代の作品に対して、この時代の作品では作者は史実を基本にするが、自分の構想を加えて脚色する構造も多い。そして、新しい文学ジャンル、軍記物語が成立した。   

鎌倉幕府の後期から室町時代におけて、全国における戦乱の絶えなかった時代である。そして、南北時代を背景として、鎌倉幕府の滅亡から二代将軍足利義詮の死去まで、およそ50年にわたる騒乱を描く軍記物語の『太平記』が誕生していた。または、『曾我物語』『義経記』は軍記物語の代表的な作品である。「『平家物語』や『太平記』が時代の変革期に積極的に関与した武士集団の合戦を主にとしている歴史物語であるのに対して、『曾我物語』と同じく個人の伝記を、歴史の推行の側面として叙述する点で準軍記物語とされている。」『曾我物語』は曾我兄弟が父の仇討ちをしたことを描く物語である。『義経記』は義経の生涯が描かれている。この二つ作品が軍記物語であるが、個人の伝記の傾向が強い。または、歴史上の合戦を題材とする軍記物語に対して、二つ作品は個人の生涯を中心とされる。二つ作品の主人公や内容は人気があるので、「曽我物」「判官物」という形式で後世の文学に影響を及ぼしている。

江戸時代は武士が主な権力を握っている時代である。武士を素材にした文も数えきれない。浮世草紙は江戸時代に生まれていた文芸形式である。また、読み本という文学ジャンルも中国文学の白話小説の影響を受けて生まれた。江戸時代には文化の盛んな時代であるから、武士に関することを脚色して、劇曲の形式で演じている。劇曲の形式によって書かれた文学という劇文学が発展してきた。

人形浄瑠璃、歌舞伎は劇曲具体的な表現方法として発展している。前期、歴史や伝説に題材を取って、武義の義理を重んじる作品が多い。代表的な作品が『出世景清』『国性爺合戦』などがある。後期、義理と人情の葛藤を主題とする作品が多い。その中で、家臣が困難を顧みず、主君に忠を尽くすストーリは義理と人情の表現である。

明治維新により、武士は政治舞台から退出して、国家権力を握っている人はもう武士ではないが、武士道精神は日本社会への影響が大きい。第二次世界大戦の後、日本の経済、文化が急激に発展していて、グルーバル化の影響によって、後世に影響を及ぼすような作品が創造されてきた。その中で、武士や武士道精神に関する作品が多い。この時期の作品には、武士や武士道精神について褒め称えることがある。一方、批評の声も出てきた。夏目漱石の『心』中では、「明治精神」「殉死」という話題に及んでいた。武士道に関する精神を新たに顧みた。夏目漱石の同士菊池寛は『恩讐の彼方に』『忠直郷行状記』『仇討三態』を創作していた。それらの作品には復讐や恩返しについて違う見解が見られる。芥川龍之介は武士道に関して独特な見解がある。『羅生門』『竹林』には武士の姿を描いていた。『将軍』『手絹』には武士道精神を反省した。それに対して、三島由紀夫の作品『仮名の告白』などで武士道精神の推称を表している。1970自衛隊で切腹自殺した。

鎌倉時代から明治維新にかけて、武士階層が統治階層としておよび700年存在している。近代化の進歩と国際交流が進んでいるとともに、武士階層は歴史の流れの中から脱退した。武士道や武士道精神は日本にとって重要な存在だ。日本社会や日本人はもちろん、日本文学に大きな影響を及ばしている。武士文学が現実生活の反映である。武士を題材とした文学作品はいつも日本歴史の流れを貫いている。

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