江戸時代における中日文学の狐像の相似点――『聊斎志異』と『夜窓鬼談』を中心に

 2022-01-19 11:01

目         次

一 はじめに 1

二 中日における狐像の発展変化 2

三 両作品における狐像の相似点とその原因 4

四 終わりに 7

致 谢 11

江戸時代における中日文学の狐像の相似点

――『聊斎志異』と『夜窓鬼談』を中心に       

陈素梅 20141322024

要旨:『聊斎志異』は明朝末期に生まれた蒲松齢が書いた怪異小説集である。この本の中には、たくさんの狐が登場している。前代の邪悪な狐妖とは違い、彼らは主に正直善良的な狐仙である。蒲松齢が書いた狐は美貌を持つだけでなく、才学もあり、人間性を持つというより、むしろ人間を超えた知恵や美徳がある。同時代の日本も狐談物語がたくさんある。『夜窓鬼談』を代表として、いろいろな狐物語が世の中に広く伝わる。狐は日本文化に欠かさない部分として、江戸時代の社会文化や民俗思想などの研究に役に立つ。『聊斎志異』と『夜窓鬼談』はほぼ同じ時期の作品である。両作品における狐を対比したら、この時期の狐文化をよりも一層認識の基礎にして、よりよくあの時の狐文化に隠した伝統文化や、審美情趣を把握することができる。

キーワード:狐;聊斎志異;夜窓鬼談

一 はじめに

『聊斎志異』は明朝末期に生まれた蒲松齢1が書いた怪異小説集である。蒲松齢がその本にたくさんの狐女を創造した。彼女達は優しくて、美しくて、人の心を引いた狐女である。勿論、彼らは蒲松齢に偏愛されるだけではなく、多くの文士も彼らに心血を込められていた。狐は『蛍窓異草』、『閲微草堂筆記』、『子不語』などの怪異小説集にもよく出ていた。これらの小説は中国に大人気だけでなく、海を渡って、日本社会にも深刻な影響を与えた。日本の名儒者石川鸿斎2は『聊斎志異』を倣いて、『蛍窓異草』、『閲微草堂筆記』などの作品から霊感を吸収して、「東洋聊斎」と褒められた『夜窓鬼談』3を作った。本文は『聊斎志異』に登場する狐を列挙して、日本の『夜窓鬼談』における狐との相似点を分析してみる。

狐文化についての先行研究がたくさんある。国内では、李建国は『中国狐文化』という本を著した。李建国はこの本に時間の順序で遠古時代の狐トーラムから近代の狐文化までいろいろ研究をして、各時代の狐イメージや狐と当時の社会観念との関係を分析し、中国の狐文化の発展軌跡を解釈した。そして、狐の生物性や文化性など、多方面から中国の狐文化を分析した。山民が『狐信仰之谜』を書いて、歴代の狐トーラムの原因や特徴を論証された。日本では『狐の日本史』という本がある。中村帧里はこの本に時代の順序で狐と日本文化の関係を分析し、狐信仰や狐談をいろいろ調査した。松村潔は『日本人はなぜ狐を信仰するのか』という本に、日本人に対する稲荷信仰を全面的に研究をして、各時期の稲荷信仰とその歴史原因を分析した。『聊斎志異』の狐に関する論文もたくさんあったが、『聊斎志異』と『夜窓鬼談』における狐の研究は少ないようである。私は狐文化と『聊斎志異』に関する先行研究に基づいて、『聊斎志異』と『夜窓鬼談』における狐の相似点およびその原因を探求したいゆえに、小論を書いて行く。

二 中日における狐像の発展変化

狐と言えば、たくさんのストーリーが思い出せる。狐は中国文化によく見られるだけではなく、日本文化にも重要な部分として、よく見られる。

中国では、最初は遠古時代の神話に遡る。最初の文字記録は禹が涂山女を嫁さんになる物語である。その時、狐は瑞祥のシンボルとして、人々が神聖な物と崇める。これは「キツネトーラム」である。その後、時代の発展につれて、狐イメージは次第に充実されていく。狐は神獣だけではなく、妖獣になる場合もある。東漢時代から元の時代にかけては、狐は段々神性を失われて、妖精化されていた。「狐憑き」が民話で活発した。妖獣というと、われわれに一番深刻な印象を付けられるのは、『封神演義』の中に妲己と言った絶世の美人であろう。中国人はこのような女性を「狐狸精」と呼んだ。狐狸精は美貌を持ちつつ男に災いを招く「禍水」と考えられた。そして、男性が女の色香を惑わないように、色香禁止を戒める小説が次から次へと出ていた。狐は「淫獣」のマイナスなイメージーを伝え続けていた。狐は人間にとって嫌悪の対象になった。

しかし、明の時代になると、この状況は変わった。いつから変わったのか誰も知らなかったが、気がついたときに、もう狐小説が満開で、大人気を受けた。『聊斎志異』を代表として、『蛍窓異草』、『閲微草堂筆記』などの志怪小説が世の中に広まった。狐について、人々は前代と全く異なる態度を持った。狐はよく正直善良な友達と考えた。『聊斎志異』は芸術価値が高くて、中国に大人気があるだけではなく、隣国にも深く影響を与えた。

日本は中国と一衣帯水の国であるが、古代より中国文化の影響を大きく受けていた。日本の狐文化も中国から伝えてきた。日本にも、狐は狡猾な性悪動物に見られて妖精化する時もあったが、優しく仙人に見られて人間化する場合もある。しかし、両国における発展変化は同じではない、違うところもある。日本人は以前から他国の文化を日本化する伝統がある。中国から渡ってきた狐文化も日本文化と融合して、日本の狐文化の発展を促している。

日本では、狐の最初伝説は『日本書記』に記録している。狐は天皇の未来を予見することで福神と思われた。それから狐信仰はずっと伝え続いた。平安時代、『日本靈異伝』には人間の男が狐を妻とする話があった。それから、狐は女性に化けて人間社会にもう一歩を入った。『今昔物語集』に出た葛葉の話が狐妻と子別れの典型的な例である。安倍晴明という人物は日本人には誰でも知ると言える。安倍晴明、母親は狐だから霊力があるという男、平安時代の有名な陰陽師である。

江戸時代に入ってから、日本の名文士が『聊斎志異』を読んで啓発されて、『蛍窓異草』、『閲微草堂筆記』などの志怪小説を参考し、日本の狐文化を発展した。「東洋聊斎」と褒められた『夜窓鬼談』があった。しかし『夜窓鬼談』に登場する狐は、『聊斎志異』に出た狐とは違い、日本文化の烙印を押さられた。両国の狐は似ているところもあったが違うところもある。小論は両作品における狐像の相似点だけ分析する。

三 両作品における狐像の相似点とその原因

この時期、中国の狐も日本の狐も、大部分は人間性が強い、善良正直的な狐である。彼らは人間と付き合っている時、人間社会の道徳原則を守っていた。『聊斎志異』と『夜窓鬼談』に登場した狐は大抵品格のある狐である。

1 情義を重視し、品格が素晴らしい

狐たちはただ偶然にある人に恩を受けたが、その人のことを一生恩を心に銘記して、折があれば恩を報いた。その品格は人よりも上という考え方もあるであろう。以下の例があげられる。

まず、『聊斎志異』の小翠を例にする。小翠と王元豊の出会いは恩を報いるを前提として成り立った。小翠の母親は今にも落雷に遭った危機一髪の時、王元豊の父親に助けられた。その命を救助する恩を返すつもりで、小翠の母親は彼女を連れて、王元豊の宅に来た。王元豊は少し阿呆っぽい男であるが、いい年になっても嫁にもらえなかった。その後、小翠は王元豊の家に住んだ。小翠は表面に阿呆振りをしながら、暗暗裏いろいろのことをして、王元豊の家族を助けた。災難も抜いたし、政治上の敵も退去した。それに、王元豊の愚痴を癒して、二人はとても恩愛であった。

このストーリを読むと、小翠の知恵と品格をはっきり印象づけた。彼女は愚かしそうな顔をしていたが、実は考えが緻密で、世間を見え透く能力があった。

一方、源九の例である。源九は『夜窓鬼談』に登場した狐仙である。源九の子は重病にかかったが、治り方法が見つからなかった。仕方がない、源九は当地の国王を冒して、国手を召し寄せた。源九の子は治ったが、不幸にして、国王を冒すことが他人に見破られた。言うまでもなく、国王は逮捕状を発令された。 幸いに 、担当者の和尚さんは源九とは親しい友人関係のため、優しい和尚さんは秘かに源九の一家を見逃した。源九は最初、逃げるつもりがなかった。彼は友人に面倒をかけないように自首したい。「久受鸿恩,又归罪于贵僧,余所不忍也」4と、源九は友人にこう言った。和尚さんは断固として逃げると要求した。最後、源九は涙ながら和尚さんと別れ国境を超えた。

その後 、当地の人たちは源九の顔を一度も見えなかった。しかし、源九がほかの地方に彼の医術を利用して人を治療する話が伝わった。源九は直接に友人を謝恩することはないけど、世の中に善行を広まった。これも狐の恩返しといえるであろう。このストーリを見ると、源九と友人との懇情に感動した。

小翠も源九も、人に助けられた後ずっと恩を報いることを忘れない、その品格は実に珍しい人間像である。ほかには、『聊斎志異』には『小梅』、『胡四姐』など、人に報恩する狐小説はたくさんある。『夜窓鬼談』には『葛葉』と『礼甫』も報恩主題の話である。中国で「知恩图报」という言葉があったが、この方面から見ると、彼らの善良品格と情義に対する重視は人よりも人間性が強いかもしれない。

2 人間に化すこどが上手で、美貌と知恵の化身

狐は古くから人間に化す能力を持っていた。『聊斎志異』には美貌の狐女は非常に多い。舜華や紅玉や嬰寧など、ほとんどは美人である。

『嬰寧』篇に、作者は詳しい描写をして、嬰寧の天真爛漫な少女様子を表現した。『嬌娜』篇に、蒲松齢が直接に彼女の外表を書いてなかったが、文末で「观其容可以忘饥,听其声可以解颐」5と付けた。嬌娜の顔を見たら飢饉を忘られ、声を聞いたら疲れを取られ、どれほど美しい女の子だろう。美貌を持つだけではなく、嬌娜の医術も上手である。まさに美貌と知恵の化身といえる。

『夜窓鬼談』には狐女はそんなに多くない。しかし、狐が女性として出場する場合はきっと美貌の女に違いない。『賣醴女』は『夜窓鬼談』の上編に出た狐に関する話である。この篇の女主人公は一人の美少女であった。この美少女は狐が化身した少女である。江戸に行ける途中で、彼女が経営する酒店がある。ある日、一人の男性商人がこの店で休憩した時、その美少女の美貌に迷った。なんと美人であろう、作者はこう書いた:

「年十八九,姿容皎美,殷勤慰客,秋波含情」6

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