『限りなく透明に近いブルー』から見る日本父権制の衰退

 2022-01-19 11:01

目         次

一 はじめに 1

二 『限りなく透明に近いブルー』のあらすじ 3

三 『限りなく透明に近いブルー』における父権制の変遷 4

四 父権制の衰退と自主性の確立 7

五 終わりに 8

致 谢 12

『限りなく透明に近いブルー』から見る日本父権制の衰退

钱梦逸 20131322033

要旨:川島武宜は日本の父権制について研究した時、「家の父家長制」を指摘した。すなわち日本の父権制は家の制度を前提とする存在であった。今までの研究によって、日本の父権制は平安後期までにやっと母権制に取って代わり始まったという。父権制の誕生はやや遅いが、発展はとても早い。しかし、第二次世界大戦後、日本の民主化改革によって、この「天皇は大父親で」の制度は崩壊してきた。村上龍が書いた『限りなく透明に近いブルー』という小説はアメリカ帝国主義からの様々の衝撃を受けて、日本父権制が衰退始まるのを背景にして誕生したのである。この小説は日本戦敗後、精神的の支えを失った、米軍基地に接した町に生活した若い人リューと友達がヘロインや麻薬まがいを血管に打ったり、暴力を振るったり、乱交したりする非常に落ちぶれる生活を描写する。本論は『限りなく透明に近いブルー』という小説を取り上げて、異文化の衝撃によって元来の身分のアイデンティティーを失った主人公の変化に着目し、その変化の原因を分析しようとする。さらに父権制の衰退こそ様々な社会変化の深層なる原因と指摘しようとする。

キーワード:父権制;衰退;異文化;限りなく透明に近いブルー;主体性

一 はじめに

 平安時代後期、日本の父権制はやっと母権制に取り代わって、明治時代には絶頂になってきた。著名な思想家エンゲルスは『家庭、私有制と国の起源』と言う作品に「文明時代の流れに従え、それによって自己の統治地位を徹底的に確立させる家庭形は専偶制、男性が女性を統治こと及び個軆家庭ということである。」と書いてあった。だから、父権制の確立のは人が文明時代に入る最も重要な証の一つだと考える。あの頃の日本人は国は家族だと考えたようで、彼らは国を家庭に喩えて、天皇を父親と見なす。しかし、第二次世界大戦で、戦敗のため、日本は無条件で降伏させられた。国連軍が日本を占領したことにつれて、今までの強い「天皇は父親たる」体制が崩壊して始まった。日本人は長い時間で混乱な生活をしていた。この状況はまさに『限りなく透明に近いブルー』という小説に映されていた。

 村上龍といえば、私達のイメージには多分ビジネス業界に近い人物であろう。数月前に初めて村上龍も本を書いているという事実を知った際に、「あ、この人って本を書いてたのね。あれ?小説なんだ」というような感じが出てきた。実際に小説を読んで、「あぁ、これが本当の村上龍なんだな」と確信した。私は今後も村上龍の小説を読み続けると決心した。1976年、村上龍は『限りなく透明に近いブルー』という小説を創作することで、第19回群像新人文学賞を受賞し、同年第75回芥川龍之介賞を受賞し、衝撃的なデビューを飾ることになった。芥川賞選考会での評価が真っ二つに分かれた。文壇でも奥野健男・大岡信が評価した一方、江藤淳・柴田錬三郎も「題名が日本語になっていない、限りなく透明に近ければ色など着いていないはずだ」(筒井康隆「みだれうち冒涜ノート」)という批判する議論があった。発行部数は単行本131万部(2005年現在)、単行本・文庫本の合計で367万部(2015年現在)に達した。芥川賞受賞作としては史上1位だという。

 国内外の学者もこの小説にいろいろな分析を行っている。この小説は当時の日本文学界に大きな影響を与えた。この作品の以降、「ポップ文学」という流派は流行して始まった。「ポップ文学」が20世紀70年代中期に現れ、既存の社会秩序に対する不満と複雑繊細な社会現状に対する混乱や寂しさ等の感情を刊行したものである。中国の張楽洲は村上龍の作品によって、「ポップ文学」の芸術性を研究し、村上龍が以前の日本文化システムを壊して、日本社会と生活の寂しさと無力な感情を、豊かな衝撃力と刺激力がいっぱい手段で描写したと考えた。このタイトルも抽象的で、わかりにくい。今井裕康がこの小説を解説し、現実と非現実の転倒が本作のテーマである、「鳥」という作品に現代社会(当時)の不安定な構造を仮託してあると考えた。 本論文の中で、筆者は主に三つの部分にわけ、自主性確立の重要性、父権制が衰退した後、様々な社会変化の原因を説明しようと思っている。まず、『限りなく透明に近いブルー』という作品の内容を紹介する。それから、戦争前の父権制を紹介した上で、『限りなく透明に近いブルー』という小説において、敗戦後日本の若者がどんな大きな挑戦に直面したか、どんな理不尽な不幸に陥ったかなどを詳らかに分析し、さらにその背景にある深層たる原因を探ろうとする。最後に、様々な要因の中で父権制の衰退は一番の要因と指摘して、父権制の衰退及び主体性の欠如そこが戦後の社会混乱特に若者の精神層の彷徨いをもたらしたのだと主張する。

二 『限りなく透明に近いブルー』のあらすじ

 1976年、村上龍は処女作『限りなく透明に近いブルー』を発表した。同年、村上龍はこの作品によって芥川龍之介賞を受賞した。この小説のスタイルは当時にはとても新鮮だった。強いアメリカの衝撃で、家は占められ、リュウと友達は統治され、差別され、侮辱されてから、痛みの淵に堕ちてしまった。村上龍は占められた日本主権の喪失を父権の喪失という形に具体化させた。母親や子供たちが迫害されたりしたことで表現してくれた。若い女性は同時に未来の母親として、1回また1回迫害されていた。元々力強い男性も深く無力感を表現していた。リュウの性格は柔和で、内に秘めて、主導性を放棄するものである。彼は悲惨な境遇や理不尽な待遇を堪え忍びが、どんな境遇にも安んじる人物である。彼は年齢が自分より大きいリリーを母親として依存することを慣れた。仲間の紛糾を宥める時に、黙ってアメリカ下士官と兵士に侵犯されることは非常に怒る。アメリカの新たな父権の衝撃で、ほとんど完全に自己を喪失して、極度に自主性が欠けていたリュウと友達はやけくそになって、ヘロインや麻薬まがいを血管を打ち、暴力を振るし、乱交する深淵に落ちてしまった。彼らはその日暮らしをしたがり、自分を麻痺させたがったが、結局的に傷を受け、より困惑になった。ひいては死を解脱しようと思った。小説の終わりに、リュウはガラスの破片で手首を切って、ガラスの破片を通じて、限りなく透明に近いブルーを見えた。

 このブルーはどんな意味があるだろうか?村上龍は一生に研究している。父権の失うは価値観の混乱を持ってきた。父親は家族全員の模範という存在だ、突然に倒れ、反社会的傾向が現れた。暴力、乱交、ドラッグという現象はよく出てきた。身分のアイデンティティーを失うことは若者に焦慮感を持ってきた。その旧父権制の崩壊は必ず社会に極大な破壊をもってきたと考える。

三 『限りなく透明に近いブルー』における父権制の変遷

1 第二次世界大戦前の父権制

 

 日本の父権制は遅れに誕生したが、発展は非常にはやかった。家父長は家族のリーダーであるのはもちろん、家族全員の意見を全部で否定する権利が持った。強い専制の特徴があった。その父権制は平和時代後期から主な地位になってきた。主にその以下の分野に分けられた。

 第一に、任意に子供を販売する。子供は家族に依存して生活するから、家父長は子供を私有財産として考え、勝手に処分しても構わないと考える。販売、抵当すらの行き過ぎる行為、特に江戸時代によく見つかった。年に貢ができないと、子供を抵当した。その時、たくさんの農家は生き続けるために、娘を娼妓に売り決めた。そんなことも父権の強いすぎる表現である。

 第二に、子供の婚姻を決める。家父長制が確立するまでに、男性と女性はお互いに好きるなら、結婚することができる。しかし、家父長の権利はますます多くになるから、結婚することも複雑になってきた。家族の利益のために、二人は感情がなくても家父長の命令に従って結婚しなければならない。『明治民法』の規定に基づいて、家族全員の婚姻や養子縁組などのことは世帯主の許しがないで行うと、戸籍を離させる。若者が家父長の意見を無視し、反抗するなら、不孝と不道徳な人と思われる。

 第三に、子供の住所を決める。仕事で、他の地域へ生活することは当たり前だろう。しかし、『明治民法』の規定に基づいて、家父長は子供の住所を決めるという。規定に従わないと、親子関係を断絶させ、戸籍を離させる。非常に厳しい規定だった。

 第四に、教育と処分の権利を持つ。『伊勢貞丈家訓』の規定に基づいて、父親がなんでも無理だが、子供として、父親に不満と反抗してはいけない、これは天下の規定だったという。子供は家父長の意思に応じて生活するべきだった。これ実に家父長の思想専制だと考える。子供は規定に違反すれば、単に殴られるだけでなく、親子関係を断絶させ、戸籍を離させる状況もある。もっとひどいのは、子供を処分するとき、死んだとすると、家父長は法律に制裁されない。

 第五に、財産を任意に分配できる。子供は仕事に就くと、財布も家父長に差し出さなければならない。家父長は家族の支えとみられるからだという。そして、家族の財産はすべて家父長の手に握る。家父長はこの財産を分配する権利が絶対的に持つ。さもなければ、不孝だとみられ、親子関係を断絶させ、戸籍を離させる。

 父権制とは父親は家族と家族全員に対して統率権を持り、絶大な権利は家父長に集中する家族の形態である。父権制の一番主要な表現は家父長が家の中で絶対的な権利を持つものである。子供は自主権がない、家父長の命令を反すれば、不孝だとみられ、親子関係が断絶られ、戸籍を離され、時々命を失うようになるかも知れない。現代の観念から見れば、そのひどい父権制は本当に不当だろう。子供は人形らしく生活して、自分の意見を話せなく、すべてが家父長の意思に応じて生きなければならない。

2 小説における父権制の変化

 

 明治時代、家父長の権利は未曾有の強大だった。当たり前、国と家の関係は親子関係らしい。あの時「家族の国」という観念が流行した。その観念は第二次世界大戦の時にもっと強くなり、人民は命を捨て国を守って、天皇という大父親を守ると言った。しかし、1945年日本は敗戦で、無条件で投降した。1946年、調査アンケートによって、日本人は天皇の運命に関心がもう持ったなかった。彼らは長年の戦争が嫌いのだ。ちょうど独断な父権制は日本を軍國主義の戦争深淵になさせた。この独断な父権制のマクロ表現は日本近代の天皇制である。明治政府の成立から1877年の西南戦争の終わりまで、日本は天皇を中心とする中央集権政府を確立した。軍國主義の経済基礎をたり、軍國主義の戦力を育成し、対外侵略の拡張が始まった。1878年、陸軍卿と山県有朋が『軍人訓勧』、『参謀本部条例』を発表したから、1894年日本が日清戦争を発動したまで、日本は政治、軍事、経済と文化思想領域で軍國主義体制を確立した。1936年、日本の軍國主義は最も強くなった。ほとんど5年ごとに1度の戦争を発動したという。最後、1945年の第二次世界大戦争中に日本は戦敗に終わった。近代天皇制は日本政治制度の核心と軍國主義の基礎だった。天皇は国の最高な軍事統帥で、国の最高な指導者と最終決定者だった。しかし、二戦後天皇はもう国民の大父親ではなかった。天皇の権威は大きく弱まりされていた。

 國連軍が日本を占めて、日本社会が天地を覆すような変化が起ってきた。この小説の主人公は子供の時代に家父長制を受けて成長したが、小さい時に父権が廃止された局面に直面しなければならない。以前、家父長は子供の住所、婚姻や財産などのことを全部決めた。でも現在、全部が変わった。例えば、モーカの家族は彼女のことに一切無関心であった。リョコウは自分で仕事の場所を決めることができる。彼らの運命は自分の手で握って始まった。

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